第7話　宣布

　涼香を軽々と抱きかかえたアルフは、コンラートと襲撃者との戦闘を涼香が直視するのを避けるのと、万一の際にはこの場から素速く離脱できるように、コンラートからは視線を外さずに身体をひねって半身に構えた。

　生まれて初めてのお姫様だっこに鼓動が激しいビートを刻んでいた涼香の視線は、アルフの配慮を飛び越えて素直な好奇心のままコンラートが三人の襲撃者を瞬く間に殴り飛ばす姿に向けられた。

「ごぶっ……！」

　人間同士の格闘とは次元の違う強烈な打撃の標的となった黒豚の頭部を持つ獣人たちは、断末魔の叫びを上げることさえ赦されずに大量の鮮血だけを口から吐き出して息絶えた。

　身長は百七十センチほどだが太めで図体は大きく見える三人の襲撃者を容易く三発のパンチで倒してしまったコンラートが、呼吸の乱れる様子も見せずに襲撃者が突入してきた障子窓から外の様子を確認する。

　現実から離れたアニメの戦闘シーンを見ているような錯覚を覚えた涼香は、

「すご……」

　とごく短い感嘆だけを小さな口から漏らした。

　コンラートが三人の襲撃者を片付け、周囲に敵対する気配がないことを確認したアルフは、抱きかかえていた涼香の両足をそっと床へ降ろすと頭を下げて謝罪した。

「すまない。咄嗟の判断とはいえ、スズカ嬢をいきなり抱き上げるかたちとなってしまった。言い訳をさせてもらうなら、他にも襲撃者がいる可能性と、こちらに注意を払うことでコンラートの力を削ぐ事態を避けるために離脱する可能性に備えた対応だった」

　真っ先に自分の安全を優先してくれたアルフが謝っている姿に慌てた涼香は、

「あやまらないで。あたしを護ってくれようとしたんでしょ？　逆にあたしがお礼する立場だよ。ありがと」

　と早口になっている自分を感じながらも、お礼の言葉を返した。

「ありがとう。スズカ嬢が聡明なのは本当に助かる」

「あの、さ……そのスズカ嬢って呼び方やめない？　スズカでいいよ？」

「分かった。では、今後はスズカと呼ばせてもらおう」

　アルフの素直な反応が嬉しかった涼香は、間近で目にしたコンラートの異様な強さへの率直な感想を口にした。

「コンラートさんって、めちゃくちゃ強いんだね。あたしたちを気にする必要がなければゼッタイ勝つって、アルフが信頼してるのも納得だよ」

　涼香の言葉に対して一瞬だけ感心する表情をみせたアルフは、

「スズカは言葉の意味を的確に捉えてくれるから本当に助かる。イヌの国にいる少数の騎士の中でも、近接格闘ならコンラートはナンバーワンでね。俺が最も信頼する騎士で、右腕になってくれてるいい奴なんだ。性格も含めてね」

　とやわらかい笑みを浮かべながら答えた。

　部下を素直に褒めるアルフに対して、好感を抱いた涼香が「その騎士って、何か特殊な……」と質問を向けた時だった。

　涼香は脳がダイレクトに受信したように、脳内で再生される声を聞いた。

《この世界で新たな生を営む全ての者に宣布する。そなたらがドラゴンと呼ぶ我の意思に於いて、三人の人間をこの世界に招き入れた。招きし者には抗えぬ作用を及ぼす力を与えた。作用の及ぶ範囲は招きし者から半径半里。各々の作用は異なる。猫の国のヒロキは敵と定めた者の徒手格闘に係わる能力と魔法力の低下。山羊の国のケントは味方と定めた者の魔法力の強化。犬の国のスズカは味方と定めた者の徒手格闘に係わる能力の強化。招きし者をそなたらがどのように遇し、どのように動くかに我は関与せぬ》

　唐突に頭の中で響いた声が、一方的な情報だけを与えて消える。

「なに？　今の……？」

　小さな反応を漏らした涼香とアルシオーネが顔を見合わせたタイミングで、やや低いアルトだが通りのいい女性の声が涼香の耳に届いた。

「すずかさん、ですよね？」

　声がした方向に視線を移した涼香が見たのは、軽く挙げた右手をこちらへ向けて振りながら軽い足取りで近付いてくる声の主であろう長身の女性と、その女性の背後を護衛するように歩調を合わせる眼光の鋭い男性の姿だった。